匠の相駕籠

ソフトウェア開発会社の日常とオピニオン - メメントモリ公式ブログ

その場所で得られる結果には限りがある仮説

全く根拠はないのだけれど、私は「その場所で仕事をして得られる結果には、限りがある」という仮説を立てている。

どういうことか。

例えば、ある資料を作る仕事を任されたとする。資料を作る段取りは次のような感じだ。(これは人によって方法が異なるため、例えである)

  1. 資料に掲載する材料をあつめる
  2. それをどのように組み立てて説明するか考える
  3. 資料を作る(アイデアを、資料に落とし込む)
  4. 体裁や見た目を整理、最終調整する

それぞれの作業に、大体3時間ずつかかるとする。

ひとつ目の作業を、オフィスの自分のデスクで作業する。私は集中して取り組み、予定通りの時間で終えることができた!ふたつ目の作業は、少し休憩を挟んで、別の場所、例えばカフェなどに移動して取り組むことにする。これも集中できたため、3時間で終わった!

このようにして、仕事(3時間程度)の区切りで場所を変えていく。

私は、これを程よく集中力を保つことができ、行き詰まりを感じにくい方法だと勝手に思い込んでいる。

 

例えば、場所を変えずに、3時間ごとに休憩を挟むだけではダメなのか?

 

これはうまく行かず、一つの仕事を終えた後だと、なぜかあまり良い発想が浮かんでこずに、行き詰まりを感じやすい。とりあえず仕事はしたという、達成感が身体の中に残ってしまうような感覚だ。

行き詰った結果、関係ないことを始めてしまったり、ネットサーフィンをしてしまったり、誰かと雑談し始めたりする。結果的に、場所を変えないよりも時間が多くかかってしまうし、良いアイデアも出ない。

 

仕事には良い発想、アイデアが不可欠。

私は、この場所を変えると効率が上がるこの経験を、「場所(空間)にはアイデアが1〜2個漂っている。それを取り尽くしてしまうと、その場所で本質的に出来ることはそれ以上なくなる」というふうに解釈した。

 

そのため、私は一日の中で、パソコンを持って何度もカフェを移動している日がある。

 

結局、何が言いたかったのか。

最近のカフェ通いの費用は、それはなかなかの金額になってしまった。( ˘ω˘)スヤァ