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匠の相駕籠

メメントモリ公式ブログ

夢を持つなんて無駄じゃないのか?

オフィスには私一人しかいないことも多く、いたとしても、それぞれが忙しくしていると雑談をする時間がなかったりする。そのため、一日の中で人と話したのは家族だけという日もたまにある。

そのため、ブログに家族ネタが増えてしまうのだが、そこはご了承頂ければと思う。

 

さて先日、妻と話をしていたときのこと。

そんな妻がこんな悩みを持ちかけてくれた。

 

私は将来、どんな夢を持ったらいいかな?

 

私の妻はイラストレーターで、私と妻は職場結婚だった。結婚後、妻は家庭に入り、仕事を辞めて、いまは二人の幼い子供を育てている。

子供がある程度手が離れるようになれば、また仕事を始めるのだと思うけれど、その時どういうことをやっていけばよいかを考えていたようだ。

 

妻の夢からは話が離れるが、 

「夢」という響きは、私には懐かしいものに聞こえてしまう。

 

小さい頃は「将来の夢は―」と散々悩んだ気がするが、いまではそういうことを全く考えなくなってしまった。

 

 

その理由の一つは、まず自分の未来なんて全然わからないと考えるようになってしまったこと。

最近つくづく思うことは、明日の自分がどうなるかは、今日の自分によって決まるということだ。

 

一日一日の連続で、人生は続いている。

仕事の面でもそうで、いまお客さんが満足してくれれば、それが次の仕事につながる。

実はその繰り返しなのではないかと思うようになった。

 

ただし、どんな状況にも全力で取り組むというのは、

よくよくやろうとすると相当難しい。 

 

 

夢を持たないもう一つの理由は、

「夢」とは理想の自分像を作ることに似ていると思う。

 

果たしてこれまでに、理想の自分になれたことが ... あっただろうか?

たいてい、自分の作る理想というのは、相当高いものになる。

 

その理想に到達できなかったとき、人は現実と理想のギャップに苦しむ。

 

自分で、到底到達できないような高い理想を掲げておきながら、それに苦しめられてしまうということになってしまうのではないか。

 

たぶん、私が夢を持ってない理由は、こんなところなのかなと考えている。