匠の相駕籠

ソフトウェア開発会社の日常とオピニオン - メメントモリ公式ブログ

面白かった新聞記事の話

 朝日新聞の購読をはじめて半年くらいは経過したと思う。

 移動中などでも気軽に読めるように、電子版を購読している。ちょっとした待ち時間などに、さらっと読めるのでとてもいい。

 

 私は大人になるまで知らなかったけど、新聞ってどの新聞を見ても同じようなことが書いてあると思っていた。けれど新聞には、新聞社ごとの特徴があり、主張も異なっている。

 例えば、政治的なもので言えば、朝日新聞は現政権に批判的。読売新聞などは自民党擁護が目立ったりする。新聞を何紙も購読して読み比べているような人は、めったにいないので、普通はその人の考えは、どのメディアから情報を仕入れているかで、ある程度は決まってしまうと思う。

 

 さて朝日新聞の中で、いつも私が楽しみにしている記事がある。

 『声』という紙面で、ここには読者の日常の「声」が日々届けられている。

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 面白いのは、とにかく色々な年代(10代から90代まで)、様々な仕事をしている人たちからの声が集まっていることだ。中学生、大学生、主婦、サラリーマン、医者、教師、定年退職した団塊の世代などからいろいろな話がきける。

 

 こんな苦労をしている人がいるのかとか、こんなことを考える人もいるのかと、考えさせられることが多い。何より、いろいろな立場の人の話は、純粋に面白い。

 

 6月1日の朝刊で、こんな『声』をきいた。

(声)父母から解放され残った空虚感

 無職(神奈川県 64)

 父と母を送った。そして私は、家族の呪縛から解放された。

 祖父は破産者で、父は貧困の中に生を受けた。長じて腕の良い板前になったが、稼ぐそばから散財し、借金を重ねた。刹那(せつな)を生き、派手に暮らす人だった。

 同じく貧しい家に育った母は病弱だった。豪放な父がつくった借金を清算しては、また次の借金に追われた。やがて神仏に頼るようになった。東西南北の社寺に走り、憑(つ)き物がついたようだった。

 私は幼児期から、安定と堅実を求めた。大学を出て公務員になり、そして父母を支えた。両親がかわいそうだったからだ。父母が共に片親家庭で育ったことを小学生の時に知った。戦前・戦中の片親家庭は、現代よりずっと生きづらかったはずだ。両親のためなら何でもしてあげたかった。

 父は最後まで人生の逆転に賭けた。病室に電話を引き、競馬の投票に熱を上げた。好きなだけ賭けさせた。本当に明日がなかったからだ。父が去って、母はようやく安定した。海外を歩いたのも、70歳を過ぎてからだ。

 先月、母も去った。自由が急に訪れた。家一軒と退職金と、空虚感が残った。

  いろんな立場の人の考えを知ることができる。知らないことだらけだな、思いが至らないことだらけだなと思う。

 新聞、読むの面白いですよ。皆さんも是非。