匠の相駕籠

ソフトウェア開発会社の日常とオピニオン - メメントモリ公式ブログ

ブログを約一年つづけて思い至ったこと

気がつくと、このブログを始めてから1年が経とうとしています。

投稿した記事の数は、先日 200 を超えました。

 

ブログを始めようと思ったきっかけについて、

いまはあまり思い出すことが出来ません。

ただ書くことがあろうとなかろうと、

できるだけ毎日ブログを書くことを意識してきました。

 

これまでに何度も書くモチベーションが落ちたことはあります。

 

ブログというのは、つまるところ自己満足になってしまう。

結局誰にも読まれない、

届かない文章を書いてしまっているのではないか。

 

ブログを書くのには、

それなりに時間を使わなければいけないこともあって、

なにかこう、誰も読むことのない言葉を

チラシの裏に吐き出しているのと同じではないかと、

いじけることもありました。

 

これは結局、私が文章を書くトレーニングなんだと

自分に言い聞かせることで慰めることはよくありました。

 

幸い、文章を書くのは、間違いなくうまくなった気がしています。

考えをまとめるのが、だいぶん早くなった。

これは間違いなく良かったことだと思います。

 

もう一つモチベーションが落ちた理由は、

私の親がブログを読んでいると知ったことでした。

別に恥ずかしいものを書いているわけではありませんが、

文章というのは人格が滲み出すもの。

それを眺められているような気がして、

どこかの気持ちの糸が切れてしまったときがありました。

 

さて、このように書いてきましたが、

このブログは今後も続けていきます。

 

ここ最近のことなのですが、

私のブログの書き方をまた少し変えました。

 

ひとつは、毎日書くことにこだわらないようにしました。

 

毎日書くと決めることには、良いところがあります。

それは何を書きたいのかを決めなくても、

文章が書ける、ということです。

 

文章は人に何かを伝えるための道具です。

が、伝えるものがないときには、

書くことがない。

 

ブログを書こうと思って、

それが続かなくなる理由の多くは、

この書くことがない、というのが多いと思います。

 

私はブログを続けていく中で思うようになったのですが、

私たちは普段から、

とても多くのことに触れ、そしてそれについて考えています。

 

ただ人によっては、

単にそれに気がついていないか、

もしくは自分の手の中から、

取りこぼしているだけなんだと思います。

 

ブログを続けていく中で、

私はどうやら書きたいことを手に入れたような気がします。

それは、私が生きていく中で感じた色々ですが、

それは私だけの感覚で、

他の誰にもまったく同じものは生み出せません。

 

普段過ごしていると、

次第に頭の中のモヤモヤが整理されてきて、

あ、これは文章にしておきたい、と思うようになってきました。

 

最近は、そうやって整理されたモヤモヤを

ブログとして書くことにしています。

 

これは私自身の思考の整理にもなりますが、

読む人にとっても、

まったく何が伝えたいのかわからない文章より、

読んで楽しいところがあるのではないかと思います。

 

更新頻度については、

少しだけ落ちるかなと思いますが、

これからも匠の相駕籠(たくみのあいかご)を

どうぞよろしくお願い致します。

 

2017年秋。