匠の相駕籠

ソフトウェア開発者の日常とオピニオン - メメントモリ公式ブログ『匠の相駕籠(たくみのあいかご)』

希望

『九州アプリチャレンジ・キャラバン 2017』の最終イベントを、先週土曜日に終えた。

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これにて半年間にわたる全行程が終了した。このイベントの詳細については、ブログでたびたび話題にしてきたので割愛する。

 

丸一日かけて行われたイベント中、話をできるだけやるようにして、交流を持ち続けた。夕方に閉会したときには、体力を消耗し尽くして、自分の手が震えているのに気がついた。とにかく真剣に話を続けるというのは、尋常ではない体力と神経を消費する。

 

いろいろな人と話をしたけれど、あえて印象深いことをひとつ選んで話したいと思う。

 

 

『九州アプリチャレンジ・キャラバン 2017』で知り合った、16歳の高専生Kさん。彼とは、ちょっとした経緯があり、すこし気心の知れた仲となっていた。残念ながらイベント中はあまり交流する機会がなかったのだが、このときはたまたまじっくりと話をする時間を持てた。

 

『九州アプリチャレンジ・キャラバン 2017』を通してみての感想をきいてみた。

 

Kさんは今回、彼を含めた2人チームで参加をした。ふたりともアプリを作ったりするのは初めての経験。最初、その相方と一緒にプログラミングを勉強しつつ、作業分担してアプリを作っていく方針だったらしい。

 

ところが途中からKさんのコミットは少なくなってしまい、ほとんど相方だけが作業しているという感じになったそうだ。普段の学校生活もいろいろと忙しいし、部活動もあったりして、結果的にはこのイベントで何かを作るところまで辿り着けなかったらしい。

 

しかしKさんはこういった。

 

いま、こうして振り返ってみると、時間を作ることはいくらでも出来たと思うし、相方と話をすることも出来たはず。

 

私は、Kさんに将来の仕事はどうしたいのかと聞いてみた。

 

高専で情報系の勉強をしているので、それに関連した仕事をするかも知れないが、具体的にはあまりイメージが湧かないらしい。

 

それも仕方がないことだろう。彼にはまだあと4年間の学生生活が残っている。

 

私は、これは「九州アプリチャレンジ・キャラバン」の考えというわけではなく、個人の想いだけどという前置きで、こういう話をしてみた。

 

「九州アプリチャレンジ・キャラバン」は、モノを使う人から、作る人になろうとする人を応援するイベントだ。けれど私は、100人いたら100人がクリエイターになれるかというとそうは思わない。100人がプログラマーを目指したとしても、100人にプログラマーの適性があるとは思わない。

 

能力のあるなしではなく、プログラマーという仕事には向き不向きがあると思っている。

 

それを社会に出てから、やっぱり違った...と思うより、学生のうちに真剣に取り組んでみれば、プログラミングすごく楽しい!とか、全然楽しくなかったとか気付くことはできる。自分に向いている、向いていないということに気付くのも、それはとても大切なことですよ。

 

すると彼はこういった。

 

正直なところ、今回は楽しいとか楽しくないとか以前の話で、自分はまだスタート地点にも立てなかったような気がする... と。

 

 

私は、彼に何を伝えられるのかすごく迷った。

 

私はあとになってハッと気づいたのだが、この場というのは「非日常」なのだ。このイベントが終わってしまえば、彼は学校生活という「日常」に帰っていく。

 

彼が「日常」のなかで何も成し遂げられないのは、やはりその「日常」なかに原因が潜んでいるのだ。いくら私がここで発破をかけたとしても、それでは何も変わらないだろう。

 

 

何かひとつだけ。何かひとつだけ、いまの彼に残せるとしたら何を渡せるだろうか?

 

結局、こういう話をした。

 

高専での生活が、あと4年ある。やっぱりこの時間は、いまは長く感じられるので、将来のことを考えようと思っても、先送りしてしまうと思う。でも、どんな人にも必ず、自分の仕事を何にするのか、選ばなければいけない瞬間がくる。

 

だれにでも、自分の仕事を選ばなきゃいけない分岐点が絶対やってくる。

 

まだその瞬間が先のように感じられるかもしれないけど、それはいずれ早いうちに来るということだけは忘れないでいてください。

 

その道が、なんの道になるのかは、まだわからないと思いますが、それがわかった時。そしてそれがもしソフトウェア開発の道だったとしたら、そのときは私に力になれることがきっとあるから、連絡してくださいね。

 

 

そう言って彼とはお別れした。

 

このイベントは、彼の中にひとつ種を残したのだと思う。まだ長い学生生活の中で、かならず1度か2度、彼の目の前には何かのきっかけが現れると思う。そのときに、彼の中に残った種が芽吹くのかどうかは、神のみぞ知る。