匠の相駕籠

ソフトウェア開発者の日常 - メメントモリ公式ブログ『匠の相駕籠(たくみのあいかご)』

毎日1000回素振りをすることは、努力じゃない

先日、祖母の家で新年会をしていたときのこと、

兄に「お前は努力家だね」と言われたのだが、居心地の悪い感じがした。

なぜそう思うかというと、

私が学生の頃、よく夜遅くまで勉強しているのを見て、

よく努力しているなと思っていたそうだ。

 

まぁ、宴席での他愛のない話ではある。

 

それから努力ってなんやろうと少し考えてみたが、

私は本当に努力をしている他人を知っていて、

その人からすると、

自分って怠け者だなと思う。

 

 

長い時間、勉強しているとか、

長い時間、仕事をしているとかは、

努力とイコールではないというのは、

なんとなく皆分かっているんじゃないかと思う。

 

勉強ならまだしも、

「長い時間、仕事しています!」

なんて勢い良く言われちゃうと、

この人、仕事できないのかな?と反射的に思ってしまう。

 

 

私が学生の時、

長い時間を勉強していたのは、事実である。

しかし、私からすると、

すごく無駄にダラダラと勉強していたと思う。

 

無駄に技術書をダラダラと読んでいたし、

合間に、たくさんネットサーフィンしてたし、

とにかく、ダラダラとしていた。

 

実は未だにそのクセは、私に残ってる。

 

 

私の好きな話だが、

ある昔のプロ野球選手で、

毎日素振りを10回しかしない人がいたそうだ。

 

ただし、そのたった10回を

ものすごく真剣にやる。

とにかく全身全霊を込めて、

一振りするらしい。

 

彼は優秀なプロ成績を残していた。

 

 

では毎日、素振りを1000回したとする。

ダラダラと時間をかけてやっても、

スター選手のような結果は残せないことはわかるだろう。

 

 

1.長い時間をかけて、(ダラダラと)取り組む。

2.真剣に取り組む。

 

 

努力といえば、間違いなく後者のことである。

 

何故かと言うと、

長い時間をかけて、ダラダラと取り組むのは、

実はとっても楽なのだ。

あまり頭で考えなくてもいい。

間違ったやり方をずっと繰り返していても、

時間だけは過ぎていく。

 

真剣に取り組むというのは、

マジできつい。

常に、どうしたらいいかを考え続けなければならない。

 

ある人が残した言葉に、

人間は、

考えるという真の労働を避けるためには、

なんでもやる。

というのがある。

 

 

昔の私が、長い時間を勉強していたのは、

やっぱりある意味、

楽しようとしていたのだ。

いまもそうやってしまっていることがあって、

自分にゲンナリする。

 

 

東京で、ある人と一緒に仕事をした時のこと。

彼は東大を出て、ベンチャー企業でディレクターをしていた。

 

東大を出ているということで、

私の学歴コンプレックスから、

どうせ仕事は出来ないだろうと最初は色眼鏡で見てしまった。

(失礼ながらついで言うと、

 私よりもかなり若く、

 けっこうチャラチャラしている感じに見えたのだ)

 

しかし、すぐにその考えは改めた。

彼は勉強はすごく出来たのだろうけど、

仕事もすばらしく優秀だった。

 

 

彼と話していた中で、

次のことをよく覚えている。

 

「私はとにかく(なんでも)全力でやることだけは、心掛けてます」

 

具体的には、

そのとき彼がハマっているソーシャルゲームがあった。

彼がソーシャルゲームを作るという仕事をしていたというのもあるが、

彼はそのゲームに、自腹で軽く100万は課金したらしい。

 

廃課金してみないと、

廃課金している人の気持ちがわからないと言っていた。

 

 

なんでも全力でやるというのは、

本当にこういうことだなと思う。

 

私に同じことができるかというと、

ぜんぜん真似できない。

 

 

こういう、ずば抜けた人って世の中にいっぱいいる。

 

むかし勤めていた会社でも、

極めて優秀なプログラマーの同僚に、

こういうタイプの人がいた。

 

 

いまでも心の底から思いますが、

努力をしている人とは、こういう人たちです。

 

私はてんで足元に及びません。