匠の相駕籠

ソフトウェア開発者の日常とオピニオン - メメントモリ公式ブログ『匠の相駕籠(たくみのあいかご)』

高音域をだせない私にできること

 Spotify で音楽を流していたのだけど、ものすごい声量で、一気に注意力を引っ張られてしまう日本人の女性歌手がいた。なんかこの声聞いたことがあるぞと思って調べたら、私たちの年代では『1/2』などがよく知られている、川本真琴さんだった。

 

 声の質が子どもっぽいのだけど、音の幅、感情の幅が広くて、なによりパンチが効いていると言うか、特徴的な歌声だ。歌っていればすぐに川本真琴さんとわかる。

 

 川本真琴さんが歌っている曲を、別のプロの女性歌手が歌っているものがあった。こちらもきいてみたのだけど、ただうまいだけで、全然記憶に残らない。才能の違いは一目瞭然だった。

 

 昔はぜんぜんわからなかったけど、川本さんって、天才的な歌声を持っているのだなと思った。

 

 

 どんな分野にも天才がいて、私がそれを初めて直に感じたのは20歳のときだった。同僚のプログラマーに、本物の天才がいて、そして彼は努力の量でも誰にも負けていなかった。そして誰よりもプログラムを愛しているようだった。

 

 誰でも思春期はそうだと思うけど、自分が何にでもなれる気がしたものだ。自分は本当にやりたいことが目の前にあれば、だれよりも努力できるし、だれよりも才能にあふれていると勘違いしている。

 

 「小宮は誰がすごいプログラマーだと思う?」

 

 むかし勤めていた会社で社長から質問された。わたしは迷わず、その天才的な同僚の名前を上げた。「じゃあ、ライバルだね。負けるなよ」と言われた。

 

 恥ずかしながら、わたしはライバルなんて思えなかった。本当に、まったく勝てる気がしなかった。

 

 

 ゲームが好きで、プログラミングが好きで、だれにも負けたくないと思って20年間くらい、真剣に生きてきたつもりだったのに、そんなの誰でも思ったことぐらいあることで、現実には覚悟と、本当に行動する必要があり、それをできるのはたった一握りなのだ。

 

 

 さて、それに気がついて10年は経過したと思う。32歳になって私が何をやっているのかと言うと、やっぱりプログラマーだ。現実は、天才だけで世界が回っているわけではなくて、中途半端なわたしでも、案外使いみちがあるところにはあるということだ。

 

 このブログのタイトルに「高音域」とつけているけど、これは特定の人にしか出せない、優れた能力の例えで使われる。例えばソプラノ歌手のうつくしい音域が、素人には絶対だせないということはすぐに理解できる。ソフトウェア開発、プログラミングの世界にも「高音域」というのはある。

 

 前述のとおり、わたしはプログラマーだけど「高音域」はだせないプログラマーだ。ではそんな私は何をやっていけばいいのか?

 

 すでに死去された、任天堂の前社長、故 岩田聡さんは天才的なプログラマーとして知られており、晩年は任天堂の経営者となった。彼はルーツがプログラマーにあるということで、ソフトウェアエンジニアからは非常に尊敬されている人だ。

 

 岩田さんの残した言葉で、いつも心に残っている言葉がある。

 

 

 「自分がいちばん好きなことを仕事にするのではなく、

  自分がいちばん得意なことを仕事にする」

 

 

 わたしは好きなことは、やっぱりプログラミングだと思う。でも得意なことってなんだ?それはずっと考え続けていて、それなりに答えを出して、それを実行してみているけど、うまくいっているかはまだよくわからない。

 

 ソフトウェア開発における高音域をだせない私が、何をやっていくのが一番いいのか、ほんとうにいつも悩みながら、前に進んでいるのだ。