匠の相駕籠

ソフトウェア開発者の日常 - メメントモリ公式ブログ『匠の相駕籠(たくみのあいかご)』

法外な報酬について、いつも思うこと

 企業経営者は高額報酬をもらうべきであるし、世界的に見ても、日本の経営者の給与水準は低いのだから、もっと上げろという議論がある。

 

 最近、このことについて、記憶に新しいのは、日産の前会長カルロス・ゴーンが、報酬を過小申告していた犯罪についてだと思う。過小申告していたことが問題であって、高額報酬にはまったく問題がないと言われるけど、そうだろうか?

 

 いくら能力に応じた正当な報酬であるとか、企業に莫大な利益を実際に与えているのだから、そのキープレイヤーが相当の報酬を受け取るべきだと言われても、一般庶民からすると、なんかずるいよねという気がする。

 

 経営者と、従業員って、その間に深い溝があって、あちら側は勝ち組、こちら側は負け組。

 

 負けてる理由は、あなたが頑張ってないからだよ。悔しければ、優秀になって、勝ち組に来るためにどうしたら良いのか、せいぜい必死で考えてね。という世界ですよね、いまって。

 

 

 わたしの身近な話で言うと、ある儲かっている不動産会社の社長の報酬が月収300万だと聞いたことがある。その会社の従業員は10人程度らしい。なんと、妻子家庭持ちの従業員は手取り20万程度の、ぎりぎり生活が出来るかどうかという給料しかもらっていないらしい。

 

 これは、極端な例ではあるけど、やり方としては違法じゃない。違法じゃないけど、こんなのあり?って思う。

 

 両者の溝は、広がり続けている。

 

 

 政治家、国会議員の年収って、だいたい約2000万くらいらしい。最近、妻から教えてもらったのだけど、福岡市長の年収も約2000万くらいらしい。(その他、有形無形の資産がありうると思うけど、それについては、ここでは置いておく)

 

 カルロス・ゴーンの年収と比べてしまうと、とても安く感じてしまう。地域や、国を運営する、責任ある立場の人たちが、単純に青天井の高額報酬にならないのは、なんでだろう。

 

 ソースは怪しいけど、議員はつまり聖職で、お金のために選ばれる職業ではないから、いろいろな活動を行う上で必要な資金が不足しないように、またある程度の威厳を維持するための費用として、あまり高すぎない程度で、給料が決められたらしい。

 

 議員や市長が、金のためにやってたら、暗黒の国ですよね。そこには、お金が全てではない、上位の価値のために、聖なる仕事というのはあると思う。

 

 

 企業の経営者は、聖なる仕事ではないのか。

 

 能力に対して、青天井の法外な報酬を与え続けるべきなのだろうか。

 

 

 かつての日本型の経営者は、経営者と従業員の溝を、できるだけ埋めるように心がけていたのではないだろうか。人を育て、終身雇用を守り、従業員を家族のように大切にする。

 

 人をコストと捉えて、ひとは育てず、優秀な人間をグローバルに調達し、それらのひとには高額報酬を。交換可能な人間は、業績にあわせてリストラしても構わないし、最低時給を下回って働かせても、そんなのみんなやってることでしょ?

 

 

 暗黒の国である。